患者さんにイチロー先生と呼ばれた。思えば医師になってからずっとそのように呼ばれてきたような気がするので違和感はなかったのだが、それは皮膚科に入局したときに高橋先生が何人もいて紛らわしいから名前で呼ばれるようになっただけだけど、北海道を離れて、誰も知らない町で働き始めて、最初は院長先生と呼ばれ、え?誰?私?みたいな『院長』を演じているような気もしていたのだけれど、最近『院長先生』に少しずつ慣れてきてたときだったので戸惑った。
「ようやく見つけたぜイチロー先生よ。」
「何でしょうかいきなり。私は院長の高橋だが・・人違いでは?」
「とぼけてもダメだぜ。こんな所にいたとはな・・。ヒゲが伸びて顔は変えられても、瞳の色までは変えられないのさ。」
「何かどこかで聞いたことがあるようなセリフだが・・」
「今まではケーシーか術衣しか着たことがなかったくせに、そんな白衣にネクタイなどつけて医者のコスプレなどしてずいぶん偉そうだな。」
「失敬だな君は。コスプレではない。私は医者だ。患者さんに失礼の無いようにネクタイ着用と白衣は当然だろう。」
「笑わせるぜ。ネクタイなど宴会でしかつけたことがなかったじゃないか。ネクタイはここにつけるのがフォーマルだと言って頭に巻いたりしてたことも知ってるんだぜ。」
「な、なぬ?? 大体、君は誰だ?」
「俺かい?俺は過去のあんただよ。あんたの昔のことは何でも知っているのさ。あんたが忘年会で女装して日舞を踊った動画もここに・・」
「わーわー何を言ってるんだ君は?早くあっち行けー。」
「ふっふっふっ、まあいいさ。どこへ逃げても必ず見つけ出してやるぜ。あばよ!!」
「・・・。」
別に北海道から逃げてきたわけではありません。